橋口美奈(はしぐち みな)

長野生まれ、名古屋在住。

保育士歴18年。

園長経験4年。

0歳〜3歳モンテッソーリ教師。

マイコーチングオフィスの傾聴講座・コーチングプロマスターコース修了。

プライベートでは2児の母。

オーガニック&1人カフェが癒し♪

親に愛されなかった私でも

理想の子育てができるようになった理由

初めまして、『傾聴子育て講師』橋口美奈です。


私は保育士18年(施設長4年)を経験し、その知識と自身の子育てを基に現在は

『傾聴子育て講師』として子育て中のママに『子どもを尊重し、自立に導く関わり方』をお伝えしています。


私は、今でこそ『傾聴子育て講師』として活動していますが、2年半前まで我が子に対してイライラが止まらず、怒鳴り、泣かせる日々を繰り返していました。


自分のやりたいことが分からず

人に求められることを優先し、自己犠牲し続けた結果、『鬱病』になり生きる気力を失いかけていたのです・・・

そんな私が、理想の子育てをし、自分のやりたいことができる人生を歩めるようになったストーリーをこちらに載せさせていただきます。

同じような悩みを持ったママが、一人でも、「だったら私でもできるかも!」と思ってもらえたらこの上なく嬉しいです。

1.誰からも理解されなかった幼少期

2.母と宗教

3.休みがちだった小学校時代

4.失恋で過食症になる

5.保育士としての葛藤

6.モンテッソーリ教育との出会い

7.子育てが楽しい

8.子育ての暗黒期

9.運命の日

10.鬱病

11.やりたいことで生きる決断

12.自分と向き合う

13.誰かを助ける自分に

14.橋口美奈の想い

1.誰からも理解されなかった幼少期

私は、長野の田舎で育ちました。

8人家族で気性の荒い祖父を中心に家族仲は悪く、頻繁に怒鳴り声が響く家でした。

父は仕事で家にいない時間が多く、家族の問題には関与しない人でした。

母は宗教にはまり、時間さえあれば宗教活動をしていました。


私の心はいつも不安で、寂しさを感じる不安定な幼少期を過ごしました。

2.母と宗教

物心ついた頃には、母は宗教にはまっていました。

宗教活動をするために毎朝4時に起きて出

掛けるのですが、0歳だった妹がよく朝泣きをしていました。


妹が泣くと、

帰宅した母を父が怒鳴り喧嘩が始まるので、

仕方なく小2の私が妹をおぶって泣き止ませていました。



『お経(宗教活動)に行かないで』と

何度も訴えたのですが、母は聞き入れてくれませんでした


私が妹を泣き止ませなければ、必ず起きる両親の喧嘩。

やりたくないことでも自分が更に苦しい状況になるので、やるしかなかったのです。


この頃から自分の感情に蓋をし、やりたくなくても人に合わせるようになりました

3.休みがちだった小学校時代

小学生になり学校に行けない日が増えました。

今ならわかるのですが、

家庭が不安定な環境だったため、心が疲れ

学校で人に関わったり、勉強するエネルギーがなかったのだと思います。


しかし、

家族にはいつも『なんで学校に行かないんだ!』『他の子は普通に行けるのに○○はどうして行かないんだ!』と叱られていました。


ある日の登校時、どうしても学校に足が向かず、道端でしゃがみ込んでいました。

近所の方が気付いて、電話で母を呼んでくれました。

迎えにきた母は明るく笑顔だったので

『やっと私の気持ちを分かってくれる。学校に行かなくても許してくれるのかな』

そう思い、手を繋ぎました。

しかし、近所の方が見えなくなった瞬間に

思いっきり手を払い除け、

『なんで学校に行かなかったの!!いい加減にしなさい!!』と怒鳴ったのです。


自分の気持ちを誰かに分かってほしかった。

でも誰にも理解されることはありませんでした。


『私は人と同じことができないだめな人間』

『学校に行きたくないと思ってしまう自分が悪いんだ』


と自己否定をするようになりました。

4.失恋で過食症になる

18歳の時に過食症になりました。

きっかけはお付き合いした彼と別れたことでした。

初めて自分を受け入れてくれる人がいたのに、

拒否された寂しさや悲しみをどうすることもできず、食べることでその感情をごまかすようになりました。


友達は恋愛やオシャレを楽しんでいる時期。


しかし、私は自分の『痩せたい』と思う気持ちとは裏腹にどんどん太っていきました。


追い討ちをかけるように

父からは

『体重コントロールできない人は意思が弱いんだ』と言われ


母は知り合いに会う度、

『この子太ってるから』と私の体型を話のネタにしていました。


傷ついていた心をさらにえぐられる想いでした。


こうして、

自己肯定感・自尊心といったものが一切なく、自己否定の塊で社会人になりました。

5.保育士としての葛藤

短期大学を卒業し、20歳で保育士になりました。

0ー3歳いわゆるイヤイヤ期の子を担当することが多く、

子ども達のエネルギーあふれる姿に感動する一方で、

強いこだわり、突然の癇癪、

『自分でやりたい!!』のにできなくて泣くなど、不可解な行動に困惑していました。


当時は、大人の言うことを聞ける子どもがいい子だと考えていたので、

叱ることで、言うことを聞かせようと必死でした。


しかし、コントロールしようとすればする程、子どもの心が離れていきました。

違和感はあるけど、他の先生も同じようにしているし・・と、モヤモヤを抱えていました。

6.モンテッソーリ教育との出会い

29歳で結婚、32歳で長女を出産しました。


主人は優しく穏やかな人で、人生で初めて安心感のある日々を過ごしていました。

しかし、娘が2歳になる直前

『私はこのまま子育てして大丈夫なんだろうか』と大きな不安を感じていました。


というのも、

保育士として、イヤイヤ期の子ども達にイライラし、信頼関係も築けなかった過去があったからです。

我が子だったらもっとイライラしてしまうのではないか?

これから先、信頼関係を築けるのだろうか?

と不安だったのです。


そんな時に、モンテッソーリ教育について書かれた

『お母さんの敏感期』という1冊の本に出会いました。


長年、不可解に思っていた子どもの行動、


例えば、

・些細なことに対するこだわり

・ひどい癇癪

・自分でできないのにやりたがる 


などには全て意味があると書かれていました。


更に、「子どもは自分自身で育つ力がある。大人の仕事は、子どもに必要な環境を整えること」だと書かれていたのです。


目から鱗でした!!


保育をしていた時の子ども達の姿が次々と浮かび、間違った関わり方をしていたことに気付いた瞬間でした。


『これを学んだら娘を理解し、尊重してあげられるかもしれない』

『このやり方なら理想とする親子関係を築けるかもしれない』

と期待が膨らみました。


そこから、当時売られていたモンテッソーリ関連の本を全て読破しました。

モンテッソーリ教師(0歳ー3歳)の資格も取得し、子どもを尊重する子育てについて学びました。

7.子育てが楽しい

モンテッソーリ教育に出会ってからの私は子育てを楽しんでいました。


娘の発達に必要なおもちゃを手作りしたり、

一緒に料理をしたり・・


日に日にできることが増えていく姿を見て

『娘の成長をサポートできている』という実感があり、子育ての喜びを日々感じていました。

 

イライラするのでは?と不安に思っていたイヤイヤ期もモンテッソーリの知識のおかげで穏やかに過ごすことができました。

むしろ、今まで不可解だと思っていた行動が愛おしくなり、「子どもって面白い!」へと大きく見方が変わったのです。

8.子育ての暗黒期

モンテッソーリ教育を実践し、順調にいくはずだった子育て。

しかし、ここからイライラが止まらない子どもに怒鳴り泣かせる毎日を過ごすことになるのです・・・


息子が産まれ、生後4か月の時に

ネットで副業を始めました。


子どもの将来のために少しでも収入を増やそうと思ったのです。


しかし、携帯を手離せない&自分の睡眠時間が取れない生活。


息子の夜泣きもひどく

次第に余裕がなくなり、子どもにイライラするようになりました。


それに加えて育休も終わり、仕事復帰をしました。


自分の疲れも子どもに対するイライラも日に日に増すばかり。


子どもを待つことができず

怒鳴って言うことを聞かせる日々。


娘は泣いて抱っこを求めるのですが、

甘えてくる姿に余計イライラしてまた怒鳴るの悪循環でした。


『こんなはずじゃなかったのに・・』

『家族のために頑張っているはずのに・・』

『私が母親で子どもがかわいそう』


頑張れば頑張るほど、理想と現実の差が大きくなっていきました。

9.運命の日

このままでは子どもの心に大きな傷を残すことになってしまう。

私の幼少期と同じ思いだけは絶対にさせたくない。


そう思った私は、藁をもすがる思いでコーチングを受けることにしました。


2021年4月29日


私にとって人生で一番大きな気付きを得た日でした。


それは

『自分の気持ちを優先して行動していい』

ということ。


幼少期の経験から自分の気持ちを表現したり、優先するのはだめだと思い込んでいたので、この考え方に衝撃を受けました。


同時に

今まで生きづらかったのは自分の気持ちを大切にしていなかったからなのだと気付いたのです。


これからは絶対に自分を生きるんだ!!

そう強く決意したのでした!

10.鬱病

自分の気持ちを優先すると決めたものの

そもそも

『自分がどうしたいか?』なんて考えたこともなかったので、何も思いつきませんでした。


そんなタイミングで転職をすることになりました。


保育園の立ち上げを任されたのです。


人間関係もよく、お給料もそれまでの2倍!保育士としてはこれ以上ないと言い切れるくらい良い職場でした。


保育士としては理想を手に入れたはずなのなのに、なぜか心から楽しいとは思えず。


家では相変わらず子どもにイライラする日々。


『これが私の求めている幸せなの?』


そう何度も自問自答しました。


しかし、目の前で求めらる仕事の役割、母としての役割、妻としての役割をこなすことで精一杯でした。


そして

周りの人に求められるままに動き続けた結果

ある日突然、体が動かなくなりました。


鬱病を発症したのです。


無気力になり、1ヶ月以上ベッドで寝ていることしかできませんでした。

11.やりたいことで生きる決断!!

鬱病の原因は、自己肯定感が低いがゆえに

周りからの評価を優先し、自己犠牲のまま頑張り続けていたからでした。


鬱病になったことで

自分がこれからどう生きたいのか?

真剣に考えました。


『このまま保育士を続けるのか?』


『辞めて別の道を生きるのか?』


悩みに悩み、

『これからは自分の本当にやりたいことをやろう!!』そう決断し、退職を決めました。


そして、本格的にコーチングを学ぶことにしたのです。

12.自分と向き合う

コーチングを学ぶことで、

『なぜこんなにイライラするのか?』

『何にイライラしているのか?』


『自分が本当にやりたいことは何か?』

『私は何をしている時が幸せなのか?』


など、たくさん自分と対話しました。



すると

自分が本当に何を望んでいるのか?が分かり、

理想と現実の差を1歩1歩埋めるように

行動するようになりました。


その結果、余裕と自信が生まれ


子どもに対するイライラが少しずつ減っていきました。


子どもの話を聞いたり

子育てを心から楽しめるようになったのです。


私が自分を満たせば満たすほど子育てがうまくいき、子どもが自立していくのを感じました。



子育ては知識があるだけではできない。

自分自身を深く知り、満たすことで初めて子どもに愛を与えられると知ったのです。



自分を大切にしないと

子育てがうまくいかないなんて衝撃でした。

13.誰かを助ける自分に

私は今

過去の私と同じような不安を抱えるママに

子育ての正しい道筋を伝え、

理想の子育て・人生を実現させるサポートをしています。


だからもし今、あなたが

子育てに軸がなく

不安でも

毎日イライラして子育てをしていても大丈夫です。


正しい知識と

自分と向き合い行動する勇気があれば


子育てを楽しみながら

自分自身も幸せに生きることができます。


だから『私なんて・・・』って自分を責めないでほしい。

14.橋口美奈の想い

子育ての不安や迷いから解放され、

『自分にも理想を実現する力があるんだ』

ということを思い出して

自分らしく人生を楽しむママを増やしたいと思っています。


たった一度の人生です。

子育にも自分の人生にも欲張りになって、夢を叶えていきましょう!!

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